猫と相撲と文房具(ときどき野球)。猫町フミヲの妄想の日々。


by nekomachi_fumiwo
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回数券。

小さい頃、絵柄(ムスティというネコの絵柄だった)の入った折り紙を一枚友達にもらい、そういう実用的じゃないかわいらしいものを買ってくれる親ではなかったからとてもうれしくて、何とかこれを増やす手だてはないかと思案し、きれいに四つ折りにして切れば折り紙が増えることに気づき、母親の裁縫箱から大きな裁ちばさみをこっそり取り出し、慎重に切り進めていったことがあった。
裁縫箱を勝手に開けることもだめなら、布が切れなくなるという理由で裁ちばさみで紙を切ることもかたく禁じられており、二重にいけないことをしていた私は焦っていたのだと思う。
小さくなった正方形をさらに小さくしたものを切っているとき、自分の指もぱちりと切ってしまった。
驚くほど大量の血が出、誰にも見つからないように始末するつもりがその血を見て気分が悪くなり吐いてしまい、結局親に見つかって怒られたように記憶している(血の記憶が大半を占めていて定かでない)。

あるいはまだ塾も受験もなく無邪気な夏休みを過ごしていた子ども時代。
私は目の前の休みを謳歌するというよりは、いつも休みの残りを気にするような子どもだった。
7月が終わるともう悲しくて、あー終わる、あー減ってまう、と思ってうっすらと憂鬱な気分になった。

つまり何が言いたいのかといえば、私は昔から幸せを残りから逆算し、なんとか幸せを長続きさせる方法はないかと策をめぐらすような質の人間だったということだ。

幸せだなと思うと、いつまで続くかなと思ってしまう。
それはいくら分析して考えて自分を納得させても、しんみりとしょんぼりとした気持ちにさせるものだ。

幸せが回数券としたら、それは11枚綴りだろうか。
21枚綴りだろうか。
51枚綴りだろうか。

回数券て、面積の広い最後の一枚がおまけみたいになってくっついている。
最後の一枚を使ってしまう前に、私はそれに気づくことができるだろうか。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-11-15 23:55 | 日記