猫と相撲と文房具(ときどき野球)。猫町フミヲの妄想の日々。


by nekomachi_fumiwo
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怒りとジャンク。

はっきりと今聴くべき歌が分かった。
気づけば唇まで歌が出てきていた。

普段は鼻歌さえ歌わない私が年に数回だけ歌いたくなる歌。
誰もいないところで朗々と歌いたくなる歌。

「ノゾミ・カナエ・タマエ」

久しぶりに大槻ケンヂの歌声を聴く。
私の中にある感情そのものだと思った。

思いつきでアレンジして、かなりジャンキッシュなものを作って食べた。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-26 00:31 | 日記

ゼロ。

昨夜はほとんど眠れなかった。
いろいろなことを考えたり、思ったりして、また悪寒のマーカーにふちどられそうな夜を過ごした。
インフルエンザはもういい。

神戸まで電車に揺られたからだろうか。
眠っていた記憶がよみがえり、流されそうになる。
かつてこの景色を私はしばしば眺めなかっただろうか。
いろいろなものをつめた鞄をさげて。
眺めただけじゃない。
この景色をこの方向に自転車で進んだことがある。
途中で日焼け止めを買った薬局。

いつも好きな気持ちは伝わらなかったなと思う。
言葉なんて邪魔をしただけだったんだろう。
だけど私はすぐに言葉や思考に頼ってしまう。
正の感情も負の感情も、大げさなくらいにぶつけてみればよかったのか。
きっとつまらなくて、さみしかったんだろうなと思う。
私の言うことのほとんどがいつも流されたのは、そんなことを求めてたんじゃないってことだ。

そしてそれは繰り返される。
失敗の根幹にあるのが私の人間性だから、どうしたって繰り返してしまうのだろう。
私はそうやって言葉をはじめとするあれこれを流されたり、相手にされなかったりする感じに、慣れて太くなっていくことを求められているのだと思う。
誰も相手の言った細かいことを正確に記憶して大事にしてなどいないし、そのことにまた価値をおかない。

私が誰かを好きになるとき、いつもそのすべてを五感で感じ、観察し、記憶していたいと思う。
忘れることが怖くて、書き留めておきたいと焦るほどに。
そして相手の存在すべてに感謝する。
だけど、それは私だからで、多くの人はそうじゃない。
そういうこともこの十年ほどの間に学んできた。
そういうものなのだろう。

眠れずに遺影について考えながら、もしも私そっくりの人と恋愛することがあったら、うまくいくだろうかと考えてみた。
うまくいくかもしれない。
が、永遠に交わらないのではないかとも思った。
お互いをきめ細かに慈しみ、尊敬し、眠るときも手をつないで無意識を混ぜ合わせながら、しかしそうしている限り、交わることは永遠にないように思うのだった。
私はそれでいいのだけど、いろいろなものがそれを許さないのだろう。

遺影まで手に入れて、これからどうしようかと思う。
小さな私の世界。
とりあえず、自分のために今日も美味しい料理を作ろう。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-25 10:08 | 日記

遺影。

神戸まで絵を見に行って、そして絵を購入した。
絵を買うなんて生まれて初めてのことなので、家を出るときからすでに消耗しており、神戸まで行ったのに、どこにも立ち寄らずにまっすぐに帰宅した(途中元町で迷子になるとは思わなかったが)。

絵を買うなんてとんでもなく大それたことだ。
私にその資格があるとは到底思えないし、この先もその資格とやらを手に入れることなどないだろう。
だけどずっと前から心は決まっていた。
ちょうど一年ほど前、ノートに描かれた下書きを見せてもらった瞬間から。

いや、それはちょっと嘘だ。
昨夏の東京の個展でてっきりその絵は売れてしまうと思っていて、ほとんどあきらめていた時期があった。
その頃私は真夏の引っ越しの真っ最中で、どうしても東京まで個展に行くことができなかった。
だから最初のノートのコピーで我慢しようと自分に言い聞かせたし、その絵が売れたかどうかについて作家に聞かなかった。

その絵が売れてしまわなかったことを知った瞬間だったと思う。
私がいただくと思った。

いったい絵を買おうなどというとき、人は絵に何を求めているのかと思う。
美しいから?
部屋に飾って眺めたいから?
私自身はどうだろう。
もちろんそういう思いもあるにはあるが、もっとなにか差し迫ったものがあったように思う。
そうでもないと、半年以上も生活できるだけのお金を投じようなどとは思わない。

その絵はまるで曼荼羅だった。
私の好きなものがほぼつまり、完結していた。
描かれているものはもちろん、描かれていないものも含めて、それは私の世界だった。
それは猫であり、文房具であり、青であり、月であり、ホロスコープであり、シンメトリーであり、愛する人であり、時間であり、無意識の世界だった。
そこには私が選んできたもの、守ってきたもの、そしてこれからも守り続けていくものがつまっていた。

もちろん作家がそんなことを考えて創作したわけじゃないことくらい分かっていた。
その作品誕生の逸話は最初に聞いていたから。
でも本当に不思議なことに、作品というのは完成した瞬間から作家の手を離れ、最初のリアルなエピソードさえ超越してしまうものだ。

今日、何ヶ月ぶりかにその絵に会いに行って、やっと連れて帰れると思ってほっとした。
他の新しい作品も圧倒的に素晴らしく、私が馬鹿みたいなお金持ちだったら、あと3枚は欲しい絵があったけど、その絵はそういう次元を超えていた。

遺影だと思った。
これは私なので、遺影になると思うし、してもらうつもりだ。
本人がそう言っているのだから、必ずそうせよ。

絵のことは分からない。
もう分からなくていいと思った。

そして私はもう何も頑張らないでいよう。
全力で頑張らない方向に向かっていきたい。

ただ自分を肯定し、自分の選んだものを愛し、誰からも理解されなくても、愛されなくても、きっちりと自身の人生を受け入れ、その最後のときまで誇り高く生きていくこと。

どんなに小さく、狭く、いびつでも、私自身が私の国の国王であり、私自身が私の人生の家元なのだ。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-24 23:45 | 日記

ファイト。

中島みゆきの「ファイト」が流れる店内で、製本カバーの問い合わせを受けたが、珍しくまったく分からなかった。
むむう。

帰宅して歌詞を調べたくなり、先ほど検索しようとしてなぜか森田童子のことを思い出し、久しぶりに「ぼくたちの失敗」を聴きたくなり、聴く。
この歌を聴いて一番に思い出すのは、杉並区にあった兄のアパートだ。
まだ高校生のときに、東京の大学に進学するための下見に東京に行き、兄のアパートに泊まった。
そのときに「高校教師」を見たんじゃないかと思う。
もちろんドラマがきっかけになって知った歌だったが相当好きな歌で、「こんな素晴らしいものがこの世にすでにあるのなら私はもう何も言ったり書いたりする必要がないな」と思わせるものの一つである。

ずるずると芋づる式に記憶をたどり、YouTubeで「高校教師」をちらと見てしまう。
あーもうあかん…
心がどばーっと持っていかれた…
結末も知っているはずなのに、そして第一これはフィクションなのに、せつなくて悲しくてやりきれない気持ちにしばし放心。

ハッツ。
もしや私は「高校教師」のビデオをまだ持っているのではないか。

あっさり見つかった。
あの汗まみれの引っ越しの中、手当り次第にゴミ袋に投げ込みながら、しかし絶対にこれだけは捨てられないと残したものの中にビデオは入っていたようだ(「ショムニ」は残念ながら捨ててしまった。後悔している)。

素晴らしいものって本当に素晴らしいな。
素晴らしすぎてもうなんていうか…

自分が恥ずかしい。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-22 21:38 | 日記

有線に夢中。

職場で流れている有線が最近楽しい。

当初はずっと「最新J-POP」的なチャンネルに合わせてあり、一日中嫌というほど同じ曲ばかりが流れていたのだが、チャンネルを回し損ねたふりをして他のチャンネルにしてみようじゃないか、それがだめなら店長がいない土曜日限定で違うチャンネルにしてみようじゃないか、などとそれとなく私が水を向け、実際に数日前から違うチャンネルにしてしまったのだった。

今度のチャンネルは「最新J-POP」を中心に構成されつつも、ときどきぎょっとするほど懐かしい曲がかかるというびっくり箱的な素敵チャンネルである。
ぎょっとしすぎてレジを打っている最中に一瞬頭が真っ白になるなど危険きわまりないが、楽しいことは楽しい。

分類でいうともう懐メロになるのだろうが、十代の頃聴いていた曲が流れると、これは全部歌えるのではないかと血が騒いで仕事どころではなく(B'zの「STARDUST TRAIN」とか)、常時一人イントロクイズ状態。
今やめっきり音楽を聴かなくなった私だが、限られたCDを一生懸命聴いていた頃の音楽は実に鮮明に記憶しているし、同時にその頃のことも思い出してしまうものだ。

それにしても「千の風になって」をBGMに替芯を売るのはどうかと思った。
「リバーサイドホテル」もかなりどうかと思った。

ちなみに一番シュールだったのは「おさかな天国」であったが。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-21 22:45 | 日記
転職していろいろいいことがあったけれど、ものすごいミニマムサイズだがしかしとても重要なハッピーは、プロ野球中継が見られるようになったことだ。
2年間、ほとんど見られなかったから。

遅番の日も、帰宅してテレビをつければまだやっている。
たまたまだが、昨日も一昨日もおもしろい試合をやっていて、平日なのにご機嫌だ。
中継があっけなく終わってしまっても、結果を見守ることができる時間帯に帰宅できるのはやはりうれしい。

それにしても、私は城島ととことん縁がないようだ。
まだ一度もバッターボックスに立っているところを見たことがない。
昨日も城島が塁に出た後だった。
一昨日は打順が回ってくる前に中継が終わってしまった。

久しぶりに見る久保田はやはりサンシャイン(キン肉マン)に似ていた。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-15 08:27 | プロ野球はお嫌いですか?

その節は。

レジから知っている顔が見えたので、こっそりカウンタを抜け出して挨拶しにいった。
前の前の職場でお世話になった先生。
クリアファイルマニアの私のために、次から次へとクリアファイルを持ってきてくださった先生。

まさか文房具屋の店員をしているとは思わなかったようで、先生はたいそう驚いた様子。
「もうクリアファイルはいらん?」
「はい」
みたいなやりとりのあと、
「痩せた?」

薄着になっただけです。
(´_ゝ`)
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-12 23:56 | 日記

手紙。

花吹雪の下を歩く。

いろんな記憶が、ぱたぱたと押し寄せてくるのを感じた。
美化も歪曲もされていないそれらの像を、今は静かに受け止められる。

手紙を
書かなければ。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-12 00:51 | 日記

散る散る桜。

花見をしなければならない。

普段の生活の中で桜に出会えるかと思いきや、案外周囲に桜がなく、もたもたしているうちに桜が散り始めてしまった。
こうしちゃおれん、と桜を求めて決然と自転車をこぐ。

ただ単に桜が咲いている公園があればよいのではない。
桜を眺めつつビールを飲むのだ。
それが浮いてしまうようではいけない。
ある程度の広さがあって、あまりにぎにぎしていないところ。

自転車で行くには遠すぎたが、何度か足を運んだことのある広い公園にたどり着く。
桜はやはり散りかけだったが、嫌な提灯やブルーシートはなく、適度にベンチも空いており、何より広い池と開放感のある空が心地よかった。

途中のコンビニで買った弁当を食べつつビールを飲む。
大人はおしゃべりに夢中で、子どもは遊びに夢中だ。
誰も私を見ていない。
鼻歌でも歌い出したい心地でビールを飲み、ぼんやりと池を眺めた。
デジヲ(デジカメ)を取り出し、桜を撮ったり、空を撮ったり、文房具を撮ったりする。

あまりにもいいあんばいになりすぎたのか、自転車の鍵をなくしてしまうという大失態。
一応歩いたところをもう一度歩いてみたりしたが、何しろ広い公園である。
いざとなれば壊せば良いのだろうと楽観的に考えながら、ふらふらと地下鉄の駅まで歩き、魔法のカードで帰宅。

引き出しの中からなくしたと思っていたスペアキーがあらわれ、どうやら自転車を破壊せずにすみそう。
明日もう一度桜の公園に出かけよう。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-11 01:06 | 日記
女性の8割が「家飲み派」  人目気にせず1人で飲む

家飲み、なんてかわいらしい言葉いつできたんだろ。
記事にある「低アルコール、低カロリー」のチウハイとは無縁のビールを飲み、昨夜は床に転がり死んだように眠ってしまった。
たとえお酒のカロリーを控えても、一緒に食べているものが炒飯やドリトス、揚げせんべいでは…

いいや。
週末はこれくらいでなければ。

昨日はいわゆる正真正銘の花金(死語らしい)で、今季はじめてプロ野球をテレビで見た。
見た瞬間(8回)からぐだぐだになっていく阪神にやさしい気持ちになり、もはや誰が誰か分からなくなっているベンチの映像にさみしい気持ちになった。
この人たちみんな阪神の人?
城島が打席に立っているところをまだ見たことがない。
見たい、と思っているうちに中継が終わってしまう。

NHKのニュースを見る。
閣僚たちの発言を聞く。
前にこの人たちを見たのは選挙に勝利したときだった。
そのときに比べると皆疲労や苦悩が濃くなり、ずいぶん人間的ないい顔をしているなと思った。
この人たちが話している言葉は本当に全部官僚が考えているのだろうか。
そうでないといいなと思う。
一つの質問に対し、きちんと知的に答えることができる、その当たり前のことに安心していたいのかもしれない。
知的であることはとても大切なことだと思う。
私がそれに寄りかかりすぎているからだろうか。

まだ桜は咲いているだろうか。
今日は桜の下で飲むつもりだ。
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by nekomachi_fumiwo | 2010-04-10 11:46 | 日記