猫と相撲と文房具(ときどき野球)。猫町フミヲの妄想の日々。


by nekomachi_fumiwo
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示唆的な夢から覚める。

左の腿あたりを切開する大手術を行う予定で、長い長い麻酔を注射され、その痛みに覚悟を決めていたら目が覚めた。
目覚ましのアラーム音がじゃまなほど。
それどころじゃないやろ!今は手術やろ!と夢の世界に入り込みすぎ。
しかし、あんな手術やったら全身麻酔にして欲しかったなあ。
いくら痛みがなくても自分の左足が大変なことになっているのをずっと意識しているのは嫌だ。
それに全身麻酔って、気づいたら気を失っているくらいすごいものらしいし。

それにしても医者からのアドバイスのざっくりしたこと。
「明後日からは歩くのに杖がいります」

医学の知識のない者が見る夢って感じがします。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-30 10:06 | 夢日記
今年ほど年の瀬の実感がない年も珍しいほどだが、体の方は一年間の疲れがばっちりたまっているとみえて、相当体調が悪い中働く。
どこがどうというわけでもないが、まったく集中力がなく、大好きな文房具であるはずなのにときめけず、終始いらいらと小さく心が波立つような感じで、普段はしないようなミスまでしてしまう。
情けない。

秋に退職された谷繁先輩(仮名)が遊びにきてくれる。
どうしても愚痴っぽい話になってしまったが、話せてよかった。
一緒に働けてよかった、と言われて、妙な新人が入ってきたと拒絶されてもしかたのないような人間だったのに、あたたかく受け入れてくれて、おもしろがってくれて、本当に私はラッキーだった。

出会い、というものについて考える。
こればっかりはいくらお金を積み上げても手に入れることのできないものだ。
私はここで、ちゃんと出会えただろうか。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-29 23:47 | 日記

見えた。確かに見えた。

クリスマスに大家さんにいただいた大根が密かに重荷だった。
いろいろ料理を作るくせに、なぜか大根関係だけはいつもぱっとしないからだった。
好きなのに、うまくできない。
圧倒的に外で食べるもののほうが、いや、スーパー等に並んでいる安っぽいお惣菜でさえ、それのほうが美味しいのだ。
悔しい。
いつか敬遠してしまっていた。

二本の立派な大根を前に、真面目に考えた。
料理の本のとおりにしてもなぜだめなのか。
ネットで検索するとどのレシピにも「下ゆで」がくっついていることに気づく。
それも米のとぎ汁でゆでるといいらしい。
料理の本には書いていないが、煮すぎてもいいもん、と言い聞かせて下ゆで。
一気に大量に作りたかったので、すべて2倍にしてあとはだいたい料理の本のとおりに。

完成。
見た目からなかなかいい感じだが…

「うまーーー何これーーー」
「何これ相当うまいなあこれ」
「あーーーほんまおいしーーー」

恒例の自画自賛。
レベルが低いとすぐに成長するから楽しいですよね。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-28 21:58 | 猫町フミヲの胃袋万歳!
タイトルは小沢健二の「天使たちのシーン」の歌詞の一部から。
この曲を大槻ケンヂがソロのCDの中でカバーしていて、その歌詞カードのコメントに「ラストの2行になると泣けてくるんですよ」と書いてあるのだが、私も同じで、あんなに淡々と言葉をつないで風景を描写した長い長い詩の最後にこの言葉はしみる。

それが神様かどうか分からないけれど、私にも信じるものがある。
すべてを賭してもかまわないというほどに熱い思いがある。
それを手放すと自分じゃなくなるくらいに切羽詰まった思いがある。
だからどうか、それを抱きしめ続ける強さを私にください。

もう誰がどうとかじゃない。
自分一美しく生きていくこと。
ただそれだけ。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-28 17:48 | 日記

無から世界を。

この期に及んで文房具で散財。
万年筆のコンバータ買いまくり。
いろんなインク吸い上げまくるで。

インクとペンと紙の奇跡の組み合わせの追究をどうしてもやめられない。
奇跡が起きたら、開くはずのない扉が開いて向こう側に行ける気がするからだ。
もちろん扉を開く主たる力は言葉の力だが、それを後押しするのは文房具の力だと思う。
その誘惑の強烈さよ。

一生かかっても使い切れないインクと紙製品とを前に、それでも挑む気持ちを捨てたくはない。
真っ白の紙に自分だけの文字で自分だけの言葉を。
無から世界を作れることの喜び。
私を待つ言葉と文房具たち。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-26 23:55 | 日記

曇りなき眼で。

間違いなく今が一年で一番忙しい時期で、今日も怒濤の勢いでレジ打ちをしながら、なぜか「両思い」という言葉について考えていた。

両思いって何だろうか。
単にお互いが思い合うことだろうか。
それは釣り合っていることがポイントなのだろうか。
量が?それとも質が?質量ともに?
考えてみると意外に深くて、なのに人は簡単にそれを口にしたり思い浮かべたりしすぎる気がする。

正解はともかく、私は思い合う気持ちの質が同じであればいいと思う。
釣り合ってなくてもいいから。
私が感じる相手の大切さみたいなものが、相手の中にも同じようにあれば、それがどんなに小さなものであっても、それはもう十分すぎる奇跡だと思う。

きっとそうでないものがあふれすぎているからだ。
中身のない甘い言葉や、笑顔。
そんなものいくら積み重ねてもむなしいだけなのに、量産できるタイプの人間は量産してもしすぎることがないようだ。

私の瞳はそれらを突き刺すように見つめているだろう。
愛を知らない気の毒な人間と思われてもかまわない。
ただ私はこの愚かさとおぞましさをじっと目に焼き付けていようと思うだけだ。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-25 23:44 | 日記
仕事を終え、休憩室の冷蔵庫の中に差し入れのケーキが残っているのを見つける。
あまりの疲労で冷静な判断力がゼロになった同僚と、職場のビルを出た植え込みのところでケーキにかぶりついた。
こんなおいしいケーキ、本当は熱い紅茶なんかを飲みながら、少しずつ口に運ばなければいけないものだ。
それをまるでハンバーガーかとうもろこしかソーセージみたいに、ガッとかぶりついてしまった。
おいしかった。
クリスマスだもの。

帰宅するとポストにサンタが来ていた。
驚くべきことに昨日の「ひざかけサンタ」と同じサンタで、呆然としてしまう。
ひざかけを受け取れなかったときのため、ちゃんとイヴのポストに届くものを…との配慮だったようだ。
確かにイヴは特別。
自分で自分にプレゼントとか激寒でこりてるはずなのに、イヴに何もないのは悲しくて、つい自分にプレゼントを買ってしまった私。
年中行事を大切にする人ならではの感性がうれしかった。

「戦場のメリークリスマス」を聴きながら夕食を食べる。
結局誰よりもクリスマスを愛しているのかもしれない。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-24 23:58 | 日記
まるで何も考えずにぼんやりと休日を過ごしていたら、思いがけないところから贈り物が届く。
@@様からのお届けものです、という配達員の言葉がよく理解できなかった。
まさかまだ私のことを気にかけてくれていたとは。
贈り物の中身はふわふわでとろとろの手ざわりがたまらない素敵な色のひざかけ。
肩にまとったり、スカートみたいに巻き付けることもできる。
声にならない悲鳴を上げながらはしゃぎまわる。

すっかりご機嫌で屋上に洗濯物を干していると大家さんがやってくる。
大家さんはとても感じのよい人で、前の住人宛に来るメール便のことでも何度も相談に乗ってもらった。
少し世間話をしていると、不意に「白菜もらってくれへんかなあ」などと言い出す。
連日白菜を食べまくっている身としてはこんなにありがたい話もない。
二つ返事で大家さんについて行くと、巨大な白菜2玉の他に立派な大根も2本いただいてしまう。
ありがたやありがたや。

いったい待っている間は幸せなどやって来ないものなのだろうか。
待つことをあきらめ、無に手が届こうというその瞬間贈り物はやって来た。

幸せについて考える。
私のことを気にかけてくれる人がいるということ。
私に向かってのばされる指先。
それ以上の幸せがあるだろうか。

クリスマスできらめく街を歩く。
皆寒そうにせわしそうにでもとても幸せそうだ。
私も幸せに見えるといいと思う。
私の話に耳を傾け、笑ってくれる人が私にはいる。

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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-23 23:57 | 日記

長い長い夜に。

冬至だった。
あの夏至からもう半年もたったのだ。
来年の夏至の頃にはどんな私だろう。

いつでも自分の未来を想像するのはほんのちょっと気が重い。
少なくとも今想像しているとおりにはならない感じが怖いのかもしれない。
今知りもしない人とうんと仲良くなっている可能性とか、そういうのいちいちしんどい。
それでも生きていくけど。

クリスマスが近い。
昨年も同じようなことを書いていて妙に感心してしまったけど、私はもう何も待っていないのだなと思う。
サンタクロースもプレゼントもありとあらゆる奇跡も。
待つことは愛なのに、私はいったい何のために生きているのだろう。

そんなことを考える冬至。
せっかくかぼちゃをたいたのに、またキムチ鍋を食べてしまった冬至。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-22 23:49 | 日記

ヒルダよ。

オーディーンの地上代行者ヒルダの仕業であろうか。
寒すぎるではないか。
こたつから離れられないではないか。

ボタンを押すとしゅるっと巻き戻る巻き尺みたいに、立ち上がっててきぱきと用事をこなしてはこたつに戻って来てしまう。
もちろんこたつで出来る用事ばかりではないから、あらゆる家事がとどこおっている。
特に料理。
いくら料理が好きでも、あんな寒いところに立ちっぱなしは嫌だよう。
今までは1階と2階で台所と居室が別れていたので観念して氷室のような台所に立ち続けたが、数歩でこたつがあるとなると、寒い台所がうらめしい。

とはいえ明日は冬至。
かぼちゃを煮なくては。
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by nekomachi_fumiwo | 2009-12-21 18:56 | 日記