<   2005年 04月 ( 37 )   > この月の画像一覧

めったにチャイムに反応しない私だが、先日置き薬のナントカ薬局から電話があったのでそれかなと思いインターホンに出たら不動産のセールスだった。
マンションのモデルルームを見に来てくれとしつこい。

「ずっとこの場所に住み続けるかどうか分からないので、マンション買う予定なんかないんです」と言うと、「だんなさんが転勤族で?」などと言うので、適当に相づちを打ち、転勤族のサラリーマンの妻のふりをする。

「いつ引っ越されるかもしれないとはいえ、賃貸なんてお金捨ててるようなもんでしょう?大家さんにお小遣いあげてるようなもんですよ」と聞いたようなことを言うので、「そもそもマンションに住む気ないし、ローンも絶対に組むつもりないんで」と答える。

「ということは一戸建てですよねえ。でも家賃を払いながら貯金っていうのはちょっと、ねえ(馬鹿にしたような笑い)」「(カチンときつつ)うちは代々借金が大嫌いな家なんです。こつこつ貯金して爆発的にお金ためてから現金で家買うんで本当にけっこうです」「そんな宝くじでもあたらんと難し・・・」「(皆まで言わさず)当たるかもしれないじゃないですか」とどんどん声が不機嫌になっていく。

宝くじ。
かつて勤めていた職場で「富籤倶楽部」を作って一獲千金を狙っていたときから、私の夢は「土地転がし」だったことを思い出す。

「うちにはうちの事情があるんで。そういうのは(架空の夫と)相談して決めてるんで。うちら(架空の夫と私)、ぼろぼろな賃貸生活が気に入ってるんです」と最後の方はキレながら話を終えた。

もう絶対にチャイムには反応しないと心に誓う。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-30 15:17 | 日記

寺山修司全集。

今年は寺山修司生誕70周年である。

数年前、岩波書店が寺山修司の全集を出すとかなんとかいっていたが、その後とんとその話を聞かなくなった。
あまり岩波にゆかりのある人には思えなかったので、(なんで岩波なんだ)と思った覚えがあるが、立ち消えになったのなら幸いである。
なんとなく岩波からは出してほしくない(中途半端なものになりそうだし、その割に高くなりそうだ)。
そもそもものすごくいいものでない限りどこからも全集なんて出してほしくはないが、装丁に凝った非常に寺山的な全集が出たとして、それはいったいいくらくらいの値段になるのかを考えると気が遠くなるのを感じる。

それにしても、生誕70周年とは。
70歳の寺山修司をどうしても想像することができない。

私が一番好きな寺山修司の歌。

死ぬならば真夏の波止場あおむけにわが血怒濤となりゆく空に(『血と麦』より)
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-30 14:03 | 元書店員Nの場合

飛蚊症と大村直之。

飛蚊症という視界の端に黒いものが飛んでいるように見える症状があるのだが、今朝から視界の端を飛ぶ虫の数が増えていき、怖くなったので眼科へ行った。
虫に気づいたのは、日当たりのいい二階で手紙を書こうとしていたときのことだ。
しばらく追いかけ回したがつかまえられず、そのうちに(飛蚊症やな)と気づいた。
高校生の時も一度この症状で眼科に行ったことがある。
そのときは何もなかったので今回も最初はほっておいたのだが、そのうちに数が増えて来たので病院に行くことにしたのである。

結果的には何もなく一安心。
近視の人はなりやすいとのこと。
ほっておいてもよいらしい。
ただ、眼球を検査するためにさされた目薬(瞳孔が開く)のせいで、まぶしいわぼやけるわで今日一日使い物になりそうにない。
眼科から家まで、恐ろしくギラギラした道を自転車で帰ってくるのはたいそう恐ろしかった。

ところでネットで調べたところによると、飛蚊症の症状には黒いものだけではなく透明のものが飛んでるのが見えるのもあるらしい。
それなら十年以上前からずっと見えていた。
晴れた日などにプランクトンや蛙の卵みたいなのが視界をつーっ、つーっと流れていくやつのことである。
あれはみんな見えているのだと思っていた。

それにしても、前回飛蚊症で眼科に行ってから十年以上が過ぎたことに驚く。
あれは高校三年生の夏休み。
目薬のせいで瞳孔が開いてしまって使い物にならないので高校野球を見ていたのだ。
育英(兵庫県)が絶好調で優勝した年である。
あのときクリーンナップを打っていた大村直之が近鉄に入り、今期FAでソフトバンクへ。
大村が渋く地味に活躍を続けてきたこの十年、私は何をやって来たのだろう。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-30 12:48 | 日記
長いトンネルだった。
3月20日に東京に行った際、歌人のN木さんに詩を見ていただき、丁寧な感想をいただいて以来ずっと考え続けていたのだ。
代わり映えのしない稚拙な詩を、どうして私は書き続けようとするのだろう。
詩にさえこだわらなければ、そこそこ幸せに生きていけるはずなのに。
いくら考えても答えが見つからなかった。
詩を書くことは苦しい。
普通は苦しいことから逃げようとするのではないのか。
私はいったい何を求めているのだろう。
考えても考えても分からなかった。

そんなふうに一人で悶々としているときに、とある新興宗教団体の勧誘を受けた。
はっきり言って新興宗教には少しも興味がない。
そのへんにいる人がたかだか数十年前に始めたような宗教などどうでもよい。
私が新興宗教にはまるときが来るとしたら、それは私自身が教祖になるときだと思っている。
しかし断るのが苦手な私は結局ずるずると話を聞かされるはめになり、相当なストレスとなったのだが、腹の中で強く反発しながら別のことを考えていた。
何かを唱えただけで幸せになれるなどそんなこと少しも信じられないけれど、もしもそういうことがあるのならば、その唱えるべき言葉は誰もが機械的に唱える記号化された言葉ではなく、自分自身の中から紡ぎ出した私だけの言葉であってほしいと。
私は私自身のためだけに教祖となり、私自身のためだけに言葉を紡ぎたい。
たとえそれがどんなに稚拙な言葉であっても。

34:050424 夏至
35:050426 言い間違い
36:050426 朝の支度
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-29 15:57 | 創作覚え書き

猫町父。

以前、兄からの指摘もあったが、いつのまにか巨人の清原がうちの父親に激似だ。
特にこの写真は似すぎている。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-29 10:05 | 日記

今はとにかく救出を。

事故の続報に胸を痛める。
昼のテレビのニュースで同志社大学の学生の追悼式を見ていたら、あやうく泣いてしまいそうになった。
こんな痛ましい事故はない。
まだ車内に閉じ込められている人が一刻も早く救出されますように。
JR西日本のぼろぼろの会見を見ていると、運転手の暴走の背景にあるものがなんとなく分かるような気がする。
分かったところでどうしようもないけれど。
やりきれない。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-27 23:56 | 日記

脱線事故に思うこと。

尼崎の脱線事故に大きな衝撃を受けている。
信じられないような悲惨な現場の様子に、ただただ胸がつぶれそうだ。
普段あたりまえのように乗っている電車があんなことになるのか?
一運転手の暴走(今の段階では推測だが)が、重い車体をあんなふうに吹っ飛ばし、くちゃくちゃにしてしまう可能性のある物体にわれわれは乗っていたのか?
こんなことがないとそういう事実にさえ気づかないほど、私はまったく無防備だ。
そして運よくこうして生きている自分の命に一瞬だけものすごく感謝して、そのうちこの感覚を忘れてしまう。
そんな自分がつくづく嫌になる。
本当はここまで大きな事故ではないにせよ、毎日毎日ほんの少しの差で自分は命拾いをしていて、自分が生きていることを日々感謝しなければならないのだと思う。
それなのに、こんなに大切なことなのに、比較的身近で起こった事故だからとか大好きな電車で起きた事故だからとかそういう身勝手な理由でしか、私は立ち止まることができない。
自分の想像力のなさを情けなく思う。
どうしたらこの感覚を忘れずに生きていけるのだろう。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-26 21:51 | 日記

齋藤孝にガツンと一発。

書店員時代、担当ジャンルの本ではなかったが、ひそかに注目していた本があった。
齋藤孝のガツンと一発シリーズ(PHP研究所)である。
子ども版の自己啓発本といったところだろう。
子どものうちからこんな本を読んで啓発されていていいのか・・・とツッコミつつも、なかなかおもしろそうなタイトルが多く(『受験なんてヘッチャラだ』『そんな友だちなら、いなくたっていいじゃないか!』等)、帯の文句も具体的でいきおいがあり、おもしろいなあと思っていたのだ。

しかし。
最新刊を新聞広告で見てたまげた。

齋藤孝のガツンと一発シリーズ第11巻 「好きです。」コクるかコクらないか、それが問題だ!

コラ。

齋藤孝といえば『声に出して読みたい日本語』(草思社)他多数の書籍の中で、子どもの間から「名文」と呼ばれる文章を音読することが子どもの教育に良い影響を与える云々と熱く語っておられたお方である。

「コクる」とか言うな(内容は気になるところだが)。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-24 13:21 | 元書店員Nの場合

祝(再び)。

昨日に引き続きめでたい報告である。
とある雑誌の詩のコーナーに「佳作」ということで名前とタイトルを載せていただいたのだ。
「詩とメルヘン」とはたまたま相性が合っただけで、他の雑誌では全然だめにちがいないと思い込んでいたけれど、頑張れば届くのだなと思ってとてもうれしい。
先のことを考えすぎてへこむのはやめて、今はただ目の前にある言葉を丁寧に紡いでいきたい。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-23 21:52 | 日記

祝。

投稿した詩がいつのまにか新聞に掲載されていたらしく、突然図書カードが届いた。
自分家でとっていない新聞に投稿するとこういうことになるのか、とちょっと反省。
急いで図書館に行って新聞をコピーしてきた。

それにしてもうれしい。
久しぶりの祝杯。
こんな日がまた来ようとは。
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by nekomachi_fumiwo | 2005-04-22 23:15 | 日記