猫と相撲と文房具(ときどき野球)。猫町フミヲの妄想の日々。


by nekomachi_fumiwo
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やなせ先生。

今日、出先でやなせ先生の訃報を耳にし、今やっと一人になって泣くことができました。

私にとってやなせ先生は、アンパンマンの作者であると同時に雑誌「詩とメルヘン」の編集長で、まだ原稿をペンで清書することも知らない中学生だった私の詩に目をとめてくださった神様のような方でした。

中学生、高校生、大学生と何度もほめてくださり、そのたびにどれほどうれしかったか。
成績がパッとしなくても、東京になじめなくても、やなせ先生が認めてくださったことで、どれほど背中を押されたか。

あれは今から10年と少し前。
すっかり詩から遠ざかっていた頃、ある時突然に「やなせ先生がお元気なうちに、もう一度やなせ先生に詩を読んでほしい。そしてもう一度ほめてもらいたい」と思ったことがありました。
詩を書かなければとなぜか唐突にそう思ったのです。

そしてその時に生まれたのが「猫町フミヲ」でした。
あまりにもブランクがあったのが気まずくて、初めてペンネームというものを考えました。
でももし復帰第一作がボツなら即座にこんなふざけた名前はやめるつもりでした。
それが幸運にも定着して、詩を書かなくなった今もずっとこの名前で生きています。

やなせ先生とは電話で一度、お会いして二度お話ししたことがありました。
一番思い出深いのは二度目にお会いした時。
とあるパーティ会場でした。
パーティは華やかで有名な方がたくさんおり、私は何を受賞したわけでもないただの無名な投稿詩人で、やなせ先生にご挨拶してもきっと恥をかくだけだとひたすら気おくれしていたのですが、せっかく大阪から来たんだしと半ばやけっぱちで、

猫町フミヲと言います!

と先生の耳元で叫んだことを思い出します(先生はかなり耳が遠くなっておられたので)。
すると先生は私を見て、

「ああ、あなたがそうなの。あなたはねえ、いいです。おもしろいです」

とおっしゃったのでした。
それだけのスペシャルな思い出。

先生は素晴らしい詩を書く人をほめる時、「この人は天性の詩人だ」とか「口に真珠を含んで生まれてきた」などとよくおっしゃっていて、私はそれがとてもうらやましかった。
一度でいいから言われてみたいとずっと思っていました。
でも言われることはありませんでした。
現に私は天性の詩人ではなく、私は自分が書いているのが詩かどうかも最後まで分からないくらいのレベルだったので。

でも、やなせ先生がおもしろいと一瞬でも思って、数ある詩の中から見つけてくださったのだからそれでいい。
美しいだけが詩じゃなくて、なんだか道化たものがあってもいいはずなんだし。

そうやって、ずっとそうやって私は生きてきたと思います。
誰かが楽しければそれでいいんじゃないかと。
しかもそれを言葉でやってのけることができるなら素敵なんじゃないかと。
それが日々私が駄文を綴り続けている理由であり、私が猫町フミヲである理由です。

先生、さえない私に幸福な勘違いをさせてくださってありがとうございました。
もう少しこのまま勘違いしたまま、生きていきたいと思っています。

合掌。
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by nekomachi_fumiwo | 2013-10-15 22:49 | 日記